県議会選挙区の合区
晴れ
2月18日に開催された広島県議会の議員定数等調査特別委員会(➡こちら)で土手三生市長は「合区先は呉市が妥当」という見解をした。(➡参考)
理由は、「国道で繋がり、実質的に陸続きになっている。呉市音戸町、倉橋町とはこれまで一緒に行政を進めてきた(➡江能広域事務組合)というもの。
広島県議会に江田島市の代表選手を選出する枠組みが変わることについて江田島市議会はどう議論しているのか気になったので、ある市議に連絡を取ってみました。
全員協議会で執行部から説明があったが、意見を言った議員は誰一人いなかったようです。時代の流れなのだろうか。
10年近く前に知り合いの県議から、広島県議会の定数問題に絡み、選挙区について質問されたことがあります。行く行く江田島市の人口減少を鑑みるに【合区】もありえるが、江田島市の合区先について、広島市か、それとも呉市のどちらが良いのかというもの。
これは平成27年(2015)3月1日に施行された公職選挙法の一部改正(➡参考)を踏まえたものでした。改正前は県議会の定数は市若しくは郡の単位(選挙区)で定めていました。つまり2市が一つの選挙区になることはなかった。
その時に回答したのは以下の通りです。
| 国政でも一票の格差という問題(憲法)があり、定数が変わる。県議会の選挙区における「一票の格差問題」は想定され、江田島市の人口減少で選挙区変更があるとすれば、市民全体で考えないといけません。 旧4町(江田島・能美・沖美・大柿)の合併問題(平成16年(2004)12月1日に合併)で、それぞれの地域・住民と広島市・呉市の関係性で市民が分断しかねない経験をしました。 旧・安芸郡の江田島町は旧・海軍のつながりで呉市に近い。一方、旧佐伯郡の能美町と沖美町は広島市に近い。 多感な時期である子どもたちは、江田島町は呉市に進学し、一方、能美町・沖美町は広島市に進学する。親世代もそれぞれ通勤地が呉と広島に分かれる。文化の違いがあることで市町村合併でも障壁となりました。 合併時に江田島と能美・沖美で意見の相違があったのはここだと思います。私が住む大柿町は広島・呉と両方関係性があるので当時の町民は感情的になりませんでした。(市の名前を決めるにしても、一番感情的であったのは能美町であった。) 本来、江田島市となった以上、広島県議会の定数は江田島市単独であるべきですが、将来的に人口減少による「選挙区の合区」となれば、市民が「島の将来」を考えて大いに議論すべきではないかと思います。 |
このたび選挙区の合区先が呉市選挙区ということのひとつの理由は衆議院小選挙区にある。公職選挙法の一部を改正する法律が令和4年11月28日に公布され、同年12月28日から施行されました。
それまで江田島町は旧5区、能美町・沖美町・大柿町は旧2区と別れていたものが呉市と同じ新4区になりました。これにより広島市との関係性よりも呉市との関係性が強くなったと考えます。(参考➡江田島市選挙区の合区先の検討基準案)
次の県議会議員選挙は2027年(令和9)春に予定されており、残り1年とわずかになりました。選挙区の合区や定数問題も今年の春には決着するものと思います。
| 固定リンク
「江田島市」カテゴリの記事
- 郵便局での行政窓口業務実証実験結果(2026.05.15)
- 江田島市の人口、2万人割れ(2026.04.18)
- 江田島市の公開人口データ、回復(2026.04.17)
- 大和ミュージアム、いよいよ再オープン(2026.04.16)
- 令和7年 市議会会議録の公開(2026.04.13)


コメント