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2004年9月

2004年9月30日 (木)

2004年(平成16) 9月 日記

2004年9月1日(水) くもり/雨
秋の始まり

 お盆過ぎてより朝晩が涼しくなり始めました。日中はまだまだ残暑が続くと思われますが、確実に秋へと向っております。
 合併にむけて最後の2ヶ月となりました。例年9月、10月は敬老会、祭り、運動会、ミカンマラソンなどの行事が多い月です。10月には役場などで閉庁式等の行事も加わります。

2004年9月2日(木) くもり
秋の音楽会

 夜、窓を開けると『秋の音楽会』をしております。これまでは蝉を中心とした虫の音であったような気がします。今日の朝(といっても03時ですが)は寒くて起きてしまいました。

2004年9月4日(土) くもり時々雨
来週から09月定例議会が始まります

 9月最初の週末です。お昼前後にまとまった雨が降りました。昼過ぎより夕刻まで読書。行政法を少し勉強。学生時代、公法といわれる『憲法』、『行政法』になじめなかったのですが、参考書を読んでいると面白い。私が専攻した民法(その内の債権法)の面白みもあるのですが。
 明日はわが町の中学校運動会(体育祭)です。雨の影響のないことをお願いするのみです。

2004年9月5日(日) くもり時々晴れ
気がつくと台風18号

 隔週ごとに台風が日本に来ているように思います。今回の台風18号も勢力が大きいようです。大きな被害がないよう願うばかり。

2004年9月6日(月) くもり一時雨
9月定例会開会と台風18号

 本日より9月14日までの期間で平成16年度第5回大柿町議会定例会(いわゆる、9月定例会)が開催されます。
 本日は、諸般の報告(議長報告、行政報告等)、一般質問と議案13件の審議・議決を行いました。議案については平成16年度補正予算、合併に伴う一部事務組合(江能広域事務組合)の解散等が主題でした。
 今後の予定は、以下の通りです。
 9月 7日(火)   総務文教委員会による平成15年度決算認定作業
 9月 8日(水)   総務文教委員会による平成15年度決算認定作業
 9月 9日(木)   休会
 9月10日(金)~ 本会議

 一方、台風18号が接近しております。今夜半から中国地方も影響が出てくるようです。二週間に一度台風が来るのが今年のパターンのようです。先日の台風16号による大柿町内の浸水関連の被害状況は、

地区       地域              状況
========   ===============    ==========================
深江地区    二反田・浜・大附    床下浸水  5棟/ 5世帯/ 10人
大原地区   東沖・水畑        床下浸水 29棟/29世帯/ 65人
               東沖             床上浸水  1棟/  1世帯/  3人
小古江地区 余防             床下浸水  5棟/  7世帯/ 18人
大君地区    東・北             床下浸水  6棟/  5世帯/ 17人
柿浦地区   中郷・常道         床下浸水 20棟/ 16世帯/ 31人
飛渡瀬地区 内海             床下浸水   5棟/  4世帯/   6人
======================================================
合計                                          床下浸水 70棟/66世帯/147人

  その他、大雨による里道崩壊(大原地区高奈津・畑田)、暴風による屋根の損傷(飛渡瀬地区中講)がありました。今回の18号は高潮ではないので、上記ほどは被害が出ないと思いますが、暮々も台風情報に注意して、早めの避難を心がけましょう。

2004年9月7日(火) くもり/暴風雨
台風18号

 今季最大の被害を受けました。
 12:00過ぎよりザワザワし始め、雨もひどくなりました。自宅の瓦が飛ぶなどしはじめ、短期の停電が2、3回。16:00満潮ということで、海岸線沿いを見回ると、潮が陸地部分に入り込んでいる状況。15:00過ぎに本格的な(?)停電。
 近所に”潮周り”という、生活廃水を海に流す弁機能をしている箇所があり、通常は、水位が上がると自動的に電動ポンプが排水をするのですが、停電のため、水(潮)が排水さませんでした。主観的には市民球場5杯(東京ドーム3杯)くらい溢れて溜まり、床上浸水をする家も出てくる状況でした。地元消防団(第一分団)が消防ポンプで排水するも追いつかない。満潮時を脱出して、ようやく23:00過ぎに電気が復活し、排水作業終了となりました。潮水の排水であるため、消防団としては機器を真水で洗い流し、解散が9/8 朝1:00頃となりました。電気の有難さを痛感した一日でした。
 明日(今日9/8)は、水がなくなったあとの道路に溜まった泥を除去する作業をすることになるでしょう。

2004年9月8日(水) 晴れ
台風18号のお土産

 日本郵船入社2年目(平成7年9月中旬)、ドイツ/フランクフルト支店からクロッツ支店長が来日されました。上司命令で週末土曜日に私と1つ上の橋本先輩の二人で彼の東京見物を担当しました。上司はみんな週末は家族サービス。まだフジテレビ本社が移転していないお台場を訪問。前日からの台風の影響で、ビニール傘の残骸が所々捨てられているのです。
 そこで、クロッツさんが、ギャグを飛ばす。(我々に気を使って。ここが、アメリカ人とドイツ人の違い。アメリカ人だったら文句ばっかり言っているだろう。)

『It's a Typhoon's souvenir!!』(台風の贈り物=置き土産だね!!)

 先輩と苦笑い。お互いに英語は第二外国語。台風の翌日は観光どころではなかったことを思い出します。本当は浅草から隅田川の河下り(水上バス)をして最後は銀座の天ぷら屋での夕食で締める計画だった。。。。

 実は、クロッツ氏の部下であるMSストゥバー(独身女性)がその年の5月に来日して、橋本先輩と私で、浅草から天ぷら屋までのコースをたどっていたのです。上司であるクロッツ氏も彼女から訪日の状況を聞いていたので彼女と同じコースを選んでいたのでした。

 さて、今回の台風18号は、平成3年の台風19号以上の被害を広島県内にもたらしました。被害状況の一部は『季節のお便り』写真の通りです。台風の置き土産はいつの時でも大変です。高齢化している日本。災害の復旧作業をしようにも人手不足です。

 今年、7月よりの台風上陸や火事で地元消防団員として防災活動に従事しておりますが、行政の対応に疑問を持ちます。若者が多数いた時代と同じ対応をこの『高齢者』時代にもしているように感じます。『防災活動で出てきたゴミ(今回では泥、瓦破片、ブロック破片、倒木)を周辺住民(若しくは住民ができなければ、業者にお願いして)処理場に持って行って下さい。そうすればタダで処理致します。』という行政指導。高齢者しかいない地域にそのような杓子定規な対応をしては困ります。柔軟な対応を考えなければなりません。

2004年9月9日(木) くもり時々晴れ
復旧作業

 本日も島内は復旧作業で大変でした。外観としては正常なる日常活動で、いつもの光景と見て取れます。しかし、高齢化が進む中、かつご近所づきあいが希薄となった現在は昔のような相互扶助が機能しておりません。行政職員も大変であると存じますが、もう一頑張りして欲しい。

2004年9月10日(金) くもり時々雨
9月定例会の閉会

 大柿町としての最後の定例会が閉会しました。
 平成15年度の決算認定も無事に済み、いよいよ11月1日の新制『江田島市』発足に向けて第4コーナーを回った感じです。

2004年9月11日(土) 晴れ
修道学園(中・高)同窓大会

 母校の同窓会に行ってまいりました。私が高校時代に生物担当の熱血漢ある先生が今年の4月より中高の校長先生となられました。時代の流れを感じた次第です。
 高校2・3年の2年間担任していただいた恩師と昨年と同様、楽しく語らいました。私が当選した時の中国新聞の記事を切り抜いて今も保管していただいております。有難いお話です。薩摩(鹿児島)出身の先生ですが、今回の台風はそれほど怖く無かったと仰っていました。50歳を過ぎた先生ですが、まだまだ青年教師といえる外観と気概のある方です。
 本日9.11のテロ事件より3年です。亡くなられた方々とご遺族にあらためて、哀悼の意を表します。

2004年9月12日(日) 晴れ
お通夜

 隣の家のお兄さんが亡くなりました。私の母親(S23-24の学年)と同級生です。ご両親は今も健在で齢80前後。死の順番は年齢通りといかない。人の世のはかなさを感じました。 

2004年9月13日(月) 晴れ
熱帯夜の復活か?

 蒸し暑い夏の夜が戻ってきたようですね。
 本日は月に一回ある大学の連絡会に参加しました。私が平成6年3月卒業生でその他は平均で昭和40年代卒業の先輩。30前後の年齢差で御座います。

2004年9月15日(水) 晴れ
夏が帰ってきたのでしょうか

 今日も蒸し暑い一日でした。
 昨日の宅間死刑囚の死刑執行については、今後大いに議論する時がくるでしょう。

2004年9月17日(金) 晴れ
平成16年度議員研修

 愛媛県喜多郡長浜町に行ってまいりました。長浜町は『長浜まちなみ水族館』と銘打ってマチ作りをしている74.7平方キロメートル、人口約9,300人の町です。当初は水族館を切望していましたが、建設資金も莫大なものとなるため、有志を募って、町内に住む人々たちが各々の水槽でそれぞれに飼育している動植物を水族館とみたてたものです。
 我が大柿町の大古小学校は平成15・16年度 文部科学省「理科大好きスクール」事業指定校となっています。本年度の研究主題は「自然に親しみ,科学的な見方や考え方ができる子どもの育成」です。10月8日には公開授業、科学研究、研究経過報告、講演などが予定されております。

2004年9月19日(日) 晴れ
秋祭り

 大柿町の氏神様である八幡宮の秋祭りが今週末ありました。少子高齢化により、年々小規模になっています。(『季節のお便り』に写真掲載。)
 昔は、ケンカ神輿で有名で最後には担ぐ部分のみの神輿もありました。昨今は修理費節減のため、大事に担います。

2004年9月20日(月) 晴れ
深江地区敬老会

 大柿町では、75歳以上の方々を招待した敬老会が旧:小学校区域毎に毎年開催されています。本日は深江地区の敬老会がありました。
 ご出席された方から、年々出席者が少なくなっているということを聞きました。日頃は個々人、道すがら会うこともありますが、一同に会するのは敬老会であり、合併後も本会を継続して欲しいというご意見。もっともなことです。

2004年9月21日(火) くもり時々雨
議会広報委員会

 大柿町議会として最後となります『議会だより』の編集会議に出席しました。昭和52年6月定例会より発行しております『議会だより』も今回の江能四町合併により第110号を最後に閉刊いたします。
 閉町するにあたり、『議会だより』の縮刷版(第1号~110号)が10月内に発刊される予定です。大柿町議会の歴史書です。

2004年9月22日(水) 雨時々くもり
朝からの雨

 蒸し暑い日々が続いたと思いきや、今日は肌寒い一日となりました。体調管理には注意しないといけません。
 朝より所用で広島に出かけました。呉在住の後輩と会おうと思い連絡したのですが、福岡空港とのこと。これから北京経由で天津に出張する途中でした。今週末帰国するということだったので来週早々に会って今の中国の色々な話を聞こうと思っております。
 私が初めて中国にいったのは2000年8月初旬で、2週間ほど香港と広東省に出張しました。亜熱帯の暑い地域です。イギリスより返還された香港と広州などの中国本土が全く別の国であったことを思い出します。市民生活の衣食住が明らかに異なっておりました。
 続いて2000年10月下旬に2週間ほど出張で上海に行ったのですが、近代化した地域もあれば戦前の租界地域というレトロな部分も混在する街でした。東京と比べても見劣りしない大都会でした。上海中心街から少し南へ下った地域もそうでしたが、高速道路で2時間くらいの蘇州へ行くとのどかな田園風景。そこにポツンとハイテク工業団地がある。農村とハイテクの組み合わせが実に印象的でした。
 3回目に行ったのは2001年2月の寒い時期で、北京経由で青島(チンタオ)に出張しましたが、上海と比べるとどこか殺風景な街とを感じました。チンタオは第一次世界大戦前まではドイツ領であったため、一部その名残があります。私が行った頃は韓国企業の工場群があり、中心部のいたるところにハングル文字が氾濫し、韓国に来ているような錯覚を覚えた記憶があります。
 あれから3-4年経ちます。日本の高度経済成長時代の如く日々進化しており、私が行った頃よりもかなり変化しているのではないだろうか。もう一度訪ねてみたい。

2004年9月23日(木)
秋雨

 一日中降ったり止んだりした雨が22:00頃より激しくなってきました。
 ドイツにいる元会社女性同期からメール連絡あり。私より先に日本の会社を退職したのですが、現地で活躍している様子を伺い、私も頑張らなければ、と勇気をもらいました。
 私達が大学卒業した平成6年以降は、日本経済のバブル崩壊により就職氷河期が到来しました。同じような時代が過去にありました。昭和初期(昭和恐慌)に『大学は出たけれど。。。』というように帝大卒(東大)の学生が就職できなかった時代があったのです。歴史は繰り返される、とよく言いますが全くその通りだなぁ、と思います。
 昨日の日記で中国に行ったことを書きました。これからは中国の時代だ、と何十年も前から言われておりましたが、若き日本人が就職難の日本を離れて頑張っているのを現地で垣間見ました。何故か、戦前に日本人が中国や満州に職を求めて大陸に渡ったこととオーバーラップします。

2004年9月25日(土) 晴れ
台風21号

 また台風が日本に接近しております。26日にも那覇市が暴風域に入る恐れがあります。先日の台風18号の被害もまだ回復していない状況です。広島に近づかないように祈るばかりです。

2004年9月26日(日) 晴れ
江能修友会役員会

 母校の地元同窓会役員会に出席。

2004年9月27日(月) くもり時々雨
ゼミの先輩が大臣に

 第2次小泉改造内閣人事が発表されました。
 大学ゼミ(内池研究会)の10期先輩である伊藤達也代議士が金融担当大臣とし
て入閣することが決まりました。私が大学3年の頃、伊藤先輩(当時はまだ新人候
補)より選挙区外に住んでいましたが、後援会の入会案内が下宿先にきたものです。
 平成5年の衆院選で32歳の若さで初当選されました。私が大学4年生の時でした。同じ衆議選で、私は大学の先輩で広島1区から初出馬した河井克行氏(現在、衆議院議員)の選挙事務所で手伝わせて頂きました。
 あれから11年の歳月が流れ、伊藤達也氏が43歳の若さで金融担当大臣となられたことを心から祝福申し上げます。

  夕刻4時ごろ、元会社の同期から電話がありました。呉に出張してきたとのこと。船会社であるから、恐らく呉の大きな造船所に来たのでしょう。(何回かその造船所にきており、昨年6月10日に呉で食事をしました。)明日、東京に帰るようです。 『お前の近くにきたから連絡した。』ということで、大変有難く思った次第。互いに時間が空いていれば食事などもできたのですが、次回のお楽しみとしておきましょう。

2004年9月28日(火) くもり
金木犀

 今夜は中秋の名月でしたが、台風21号の影響による雨です。
 午前中、広島城付近を歩いていると、ほのかに金木犀の香が漂ってきました。秋の深まりが徐々に進んでおります。
 午後に町内のとある地域を地主さんと町職員さんとで視察しました。先の台風の影響や今後の対策を含めたものです。
 高齢化が加速度的に進み、これまで田畑を耕作していた場所が、今では至るところで原始林化しております。また、空家がどんどん増えているのも現状です。家というものは、人は住んでいないと急速に老朽化し、周辺も荒れ果ててしまいます。集落はあれど、住人は点在しているという地域が可也増えております。

 昨日、後援会の届出をしました。事務所の段取りを行っているところです。

2004年9月29日(水)
台風21号

 今年8個目の台風21号が日本に上陸しました。お昼過ぎより江田島・能美島も雨がひどくなったり、風が吹いてきました。夕方過ぎまで雨風がひどく、災害が発生していないことを願います。

2004年9月30日(木) 晴れ
あと1ヶ月

  気がつけば9月も今日で終わりです。新設:『江田島市』まであと一ヶ月となりました。平成11年10月に江能四町長が合併検討することを確認してから約5年。紆余曲折はありましたが、ようやくその日を迎えることになります。
 本年11月1日より新しいまち、江田島市となります。4つの町が手と手を合わせて素晴らしい『まち』にしましょう。日本の何処に言っても胸をはって我が『まち』を誇れるようにしたいですね。

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